チェコのおうち

〜チェコ人旦那&息子と、プラハでゆるりと生活中〜
2016年07月 ≪  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 ≫ 2016年09月
TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2016年08月
ARCHIVE ≫ 2016年08月
      
≪ 前月 |  2016年08月  | 翌月 ≫

母、帰る。

二ヶ月以上に渡って、チェコに滞在し
私の出産、産後をサポートしてくれていた母が
ついに本日、日本へ帰りました。

あっという間にすぎた夏でした。

チェコ着の日に産気づいてしまい、
長いフライトの後にもかかわらず、
産院でずっと一緒にいてくれた母。

その後の病院生活中も、
炎天下の中、慣れないチェコのトラムとバスを乗り着いで
毎日通ってくれました。
差し入れで持って来てくれたおにぎりと
授乳ママ用のお茶が、元気の源でした。
そして何よりも、私の話し相手になってくれたので
心細い異国の産院生活もなんとかめげずに乗り切ることが出来ました。

お家での生活は、母無しには成り立ちませんでした。
料理、掃除、洗濯、、、ずいぶん助けてもらいました。
体力の回復しない体と、変に興奮した精神では
通常の生活+赤ちゃんのお世話というのは私には出来なかったです。

お世話でも、私がどうしようかわからないで戸惑っている時に
「こうしたらいいんちゃう」、って
経験者のアドバイスをくれて。
子育てに正解はないので、それがベストかどうかはわからないけど
何の指針もなくて不安だらけでストレスを感じるよりは
ずっと安心して、赤ちゃんに向き合うことが出来ました。

時には、それがマルの知ってる『チェコの子育て』と
対立することもありました・・・。
また、うちのやり方と、母のやり方、違うこともあったので
つまらない思いをしたこともあったと思いますが・・・。
母は母で、日本でいる父に相談したり愚痴を言ったりして、
ひとつひとつ消化してくれました。
ちょっと離れた立場から、優しく見ていてくれた父にも感謝です。

赤ちゃんを通して、
私自身が赤ちゃんだった頃の話が出来たのも、楽しかったです。
私の赤ちゃんの時の写真と見比べながら、
ゆうきは私の赤ちゃんのときの目にそっくりとか。

そして、いよいよ帰国。
「30(歳)になるまでにはなんとかなればいいかなと思ってた」
と言ってました。
10代の頃から、色々、普通以上の苦労をかけてきたので
両親は、私がチェコに来てからもすごく心配してくれていました。

そんなチェコ生活も3年目。
子供が出来て、私は母になって。
母はこの2ヶ月半、みっちり私たちと一緒にいて、
私たちの生活ぶりを見、体験することが出来ました。
そうして、いよいよやっと手が離れるところまできたかな、と
安心してくれたようです。
人よりのんびりペースだったかもしれませんが、
これで、良かったのだと思います。
今、本当に幸せですから。
ここまでくるのに
今までの経験はすべて必要だったのだと思います。

本当に、赤ちゃんはかわいい。
だた見た目だけじゃなく、
笑いかけてくれるのが本当に嬉しい。
どんなに泣き叫んでいても、嫌な気分にはならない。
なんとかしてあげたいと思う。
寂しそうにしていたら、声をかけてあげずにはいられない。
アーと声をあげたら、側に行って、抱き上げてあげずにはいられない。
どんなに顔をみつめていても、飽きない。
赤ちゃんに対する、胸が熱くなる愛情は、ほんとうに
毎日力強くて、熱い。
この気持ち、我ながらすごいなあと思います。

「ゆうきかわいいーー!!」と言ってたら、
「自分の子が一番なんや」って母が言いました。
そうかぁ、私がゆうきが大好きで大好きでたまらないくらい、
母もこうして私を育ててくれたんやなあって
やっと実感として、そして体験として、わかりました。

この人は、私の「お母さん」なんだなあ。

最初の赤ちゃんの頃の、愛にあふれる体験を私は覚えてはいないし、
もの心ついてからずいぶん困らせたり、ひどいことを言ってきた。
それでも、どんな変化しても、私を見ていてくれる、
手助けしてくれてきた。
ずっと惜しみなく愛情と笑顔とを
与え続けてくれてきた。

私が赤ちゃんに対して抱く気持ちと同じくらい
大好き!って気持ちを、私にも抱いていてくれたんだなあ。

やっと、わかりました。
とても嬉しい。

そんな母の出発をお見送り、
我慢しても、
やっぱり涙があふれてしまいました。
今まで、チェコに来るときも、日本に一時帰国するときも
一度も別れの場でこんなに泣かなかったのに。

日本とチェコ、離れていてなかなか簡単には会えないですが
だからこそ、今回こうしてじっくりみっちり一緒に暮らして
中身の詰まった二ヶ月間を過ごすことが出来ました。

チェコで生活するのは簡単ではないですが、
いつも大好きと思ってくれている家族がいるので
私はがんばっていけると思います。
お父さんやお母さんから私がもらっている愛情と同じ、
おっきな愛情を、
私はゆうきにあたえていきたいと思います。
マルとふたりで楽しい穏やかな家庭を築いていくことを楽しみます。

ぼちぼち、のんびり、やっていきます。^-^
スポンサーサイト

痰に悩まされる

痰、たん。
こいつは甘く見てはいけないぞという教訓を得た話です。

ゆうきくん。
朝からお鼻がぐずぐずいっていました。
鼻づまりのようです。
鼻づまりは、くしゃみの後かお風呂の後に取ると
取りやすいというので、
夜のお風呂上がりに鼻吸い器で取ろうと思い、
そのままにしていました。
最近は、よく鼻がぐずぐずいっていたので、
いつものことだな位にみていました。

お昼のあるとき、ミルクを飲んでゲップがキレイに出ず、
消化しかかったミルクを結構な勢いで吐いてしまいました。
(多分、前の授乳で飲んだミルク。)
そのあとからずっと「ゔーゔー」と唸り、泣いていました。

最初、いつものようにうんちが出なくて頑張ってるのかな?と
思ってマッサージをしましたが、収まらない。
眠たいのかな?と思い、
抱っこして寝かしつけましたが、
すぐに目が覚めて、また苦しそうに唸りだします。
変なものを飲み込んじゃったのかな?と思って、
吐かせるように刺激しましたが、何も出ず・・・。
熱は無い、下痢もしていない。

授乳の時間になっても、
飲み方が弱く、すごく不機嫌です。

あまりにも長い間苦しそうだったので、
小児科の先生に電話もしましたが、出てくれません。
幸い、縦抱きにしていれば収まるようだったので
半日程ずっと縦抱きしていました。
明日もこの調子なら、病院に行かなければな、と
思っていたところ・・。。

夜、授乳をした後で、
ゲップをさせるため
縦抱きで背中をとんとんしました。
すると!

ゲボぉッ!!!

っとものすごい勢いで吐きました。
吐いたものをよく見てみると、
消化しかかったミルクと、粘度の高い透明の液体
どうやら喉に痰がからまり、
そこに吐いたミルクが残って、
すごく気持ち悪くて、唸っていたようです。

それを思いっきり吐いた後は、
すっきりしたのか、ぐっすり寝てくれました。

鼻づまりからたんが出来てしまったのが、
今回こんな苦しいことになってしまったのですね。
申し訳ない気持ちでした。
その後は、詰まりが気になったらすぐに取るようにしています。。
痰、おそるべし・・・

momoichi coffeteria(モモヤマ喫茶店)

だらだらと出産・産院レポートを書いているうちに
もう2ヶ月が経ってしまいました。^^;
毎日の子育ては大変だけど、
疲れも、しんどさも、眠気も、あかんぼのかわいさですべて帳消しです。
最近は、人が近づくとニコニコ愛想してくれたり
機嫌がいい時にはおしゃべりもしてくれるようになったりして、
新生児という不思議な生き物から、人間らしくなってきました。^^

ところで、ヘルプに来てくれている母はもうすぐ帰っちゃいます。
(2ヶ月も手伝ってくれて、本当にありがとう!)
「今のうちに、二人でお出かけ行っておいで」
と言ってくれましたので、お言葉に甘えることに。
今後二人でゆっくり出来る日なんて、そうそうないでしょうから。。

といっても、映画もコンサートも、なんだか乗り気ではない私たち。
結局、ランチとカフェすることにしました。

午前中は、毎週定例の買い出しへ母もゆうきも一緒に行き、
そのあと二人で近所のイタリアンにランチに行きました。
Pizza Coloseum
良い天気で、テラス席が気持ち良い。
パスタ食べたんですが、チェコのパスタはまずい、という
定評通りでした。。笑
まずい、というか麺が茹で過ぎで、やわらかいんですね〜
チェコ的にはこれが普通なんでしょうけども、
絶妙なコシのあるおいしいパスタに慣れた
舌の肥えた日本人的には、まずい、と感じざるをえません。
トマトソースは美味しかったです。
おいしいパスタのお店を見つけるのはホント難しい。。
そのかわり見つけたら、皆で情報共有!笑
在チェコ日本人あるあるです。

その後、カフェへ。
ここは前から行きたいと思っていたところ。
日本スタイルのカフェ、momoichi coffeteria(モモヤマ喫茶店)
ローマ字でモモイチ、日本語ではモモヤマ。
ややこしい。
オープン前から、
日本のカフェが出来るらしい!とちょっとした噂になっていた
注目のカフェ。
ちょうど、ゆうきが産まれるくらいにオープンしたのかな?
なので行けてなかったのですが、せっかくだからこの機会に♪

お店はナームニェスティ・ミールの近くです。
外には目印の、唐傘が立てられていましたが
内装はスタイリッシュでお洒落な感じ。
こういう、日本日本してないところが、好感もてるんですよね。
到着してみるとほぼ満席、日本人らしき人はいませんでした。

予約してたのですが、1時間も前に到着しちゃいました^^;
私は公園で時間をつぶしてようかなと思ったのですが、
マルが「いや、大丈夫、早く着くくらい普通普通〜^^」と言うので
まぁダメもとで突撃してみると・・・
優しい店員のお姉さんが対応してくれて、
「予約の席はまだ使われているのだけど、
別の小さなサロンの席をご案内しましょうか?」

提案してくれました。
それは一番奥の席で、他の席から離れ、壁で視界も遮られてて
落ち着く感じの部屋でした。

お姉さんのオススメのお茶とコーヒーを注文。
お茶は「瀬戸谷もみじ紅茶」。

P8201535b.jpg

純国産の紅茶は珍しい、美味しいですよ、ということで
飲んでみましたが、確かに美味しかった〜
上品な紅茶です。ほっこり。

マルは、何かフィルターコーヒーだったのですが
めちゃ高いやつでした。笑

P8201533b.jpg

メニューに載ってなかったので、結局名前が分からなかったのですが
味見させてもらうと、
全然苦くなく、まろやかな優しい味でした。

こうやってみると、あんまり日本ぽくないですが、
抹茶や日本茶も種類豊富に取り揃えられていましたし、
アルコール類も日本のものがあったり。
カクテルの「シイタケサン」がすごく気になりました。笑

おやつ♪も、もちろん注文〜
私のはチーズケーキ。
上部はふんわり、下部はしっとりの生地で
ゆずの風味が効いてるところが、なんだか懐かしい感じがしました。

P8201536b.jpg

写真奥に映ってるのは、マルが注文した見た目にビックリの緑のナニか。
後で調べてみるとこれは
クエ・ダダールというもので
マレー風のクレープ、とのこと。
中はココナッツのペーストで、優しい甘さが美味しいです。
このカフェは日本だけじゃなく
アジアのお菓子や飲み物も色々ラインナップされていて
なかなか楽しいです。

そのあと、結構長居になったので
もう一品ずつ、
ルイボスティーのカフェラテと
ゆず茶を頼みました。

P8201556b.jpg

ルイボスティーの方は、私的にイチオシです。
ノンカフェインだし♪
ゆず茶はちょっと薄かったかな〜

マルと二人、久々にのんびりとさせてもらいました。
色々話して楽しかった〜
でも、やっぱり話の中心はゆうきのことになるんですね^^

さ「こうしてると、ゆうきの泣き顔に会いたくなるね〜」
マ「そう?」
でた!男親とはそんなもんですか。笑

と、口ではそう言いつつも、
帰ったら真っ先にゆうきに飛んで行くマルさんでした。

店内、結構ゆったり席をとってるし、
ベビーチェアもあるらしい。
ゆうきがおすわり出来るようになったら
また行きたいですね♪

産院レポート6、7日目

23日、木曜日。
生後7日目、病院生活6日目。

レポートというより、愚痴日記のようになってきましたが・・。^^;

朝から、赤ちゃんの採血がありました。
炎症の具合をチェックするのでしょうか。。
今日で抗生物質投与が終わるはずです。
検査結果が良好なら、もしかして今日退院もありうるかも・・・。
いやいや、甘い期待はしないほうがよいかもね。。

IMG_20160623_111714b.jpg

手にずっと針が入ったままで。。。
(服には手袋みたいなのがついてるので、普段は隠しています。)
痛くないにしても、可哀想です。早く良くなるといいな。


夜中は自分ひとりで授乳していて、
朝、抗生物質をあげたときにまた新生児室で授乳しました。

マルもお母さんもまた面会に来てくれました。
マルは終了時間ギリギリに到着したけど、
抗生物質の状況や、赤ちゃんの体調、
またいつ退院出来るのか、というのを聞いてくれることに。

インターホンを押して出て来た看護師さんは、
またまたキツい人で。
マルが詳細聞きたいです、というと
あからさまに嫌そう。
めんどくさい、なんで何度も、という感じの顔と態度。
マルもそれを感じ不快になり、ちょっと強気に出ました。
そうすると向こうも応戦してきて
看護師さんとバトルになりました。。。
私だって多少チェコ語分かるのですから
看護師さんが何言ってるかわかりましたよ。。
私が外国人で、どうのこうの。
チェコ語が分からないから、どうのこうの。
それはもう何度も聞いたことだから、
心に刺さりはしますが、まぁ耐えられました。
が、
「彼女は新生児室に授乳しにきていなかった、なぜか分からないけど。
私たちの指示を聞いていない」

ということを、呆れたように言うじゃありませんか。

は??
いやいや、私は昨日、確かに別の看護師さんに
もう来なくて、自室であげてていいと言われたんですが・・・!
あまりに、あまりに理不尽で
それでもう涙が堰を切って流れてきてしまいました。

泣きながら、
一方で冷静な理性で分かったことは
ここでは、横の連携が全くないのだということ。
全員が全員、違うやり方、自分のやり方で指示をしている。
だから、前に言われた通りにやっても怒られる。
一般のチェコ人なら、そこで言い返したり、問い返したり、確認したり
出来るのだろうけど、
私の場合は、ただ全部受け止めるしか無いのだ・・・。

マルの怒りもだんだん度を増してきて
看護師さんに色々不満なことを訴えたりまた質問をしたりしますが、
わたしは「もういいよ・・・」という思いでした。
完全に、諦めモードです。もう、なにを言っても
ここでは意味がない、ということがはっきりわかりました。
でも、私はそこで「もういい」とマルには言えませんでした。
彼も一生懸命で、
私のためこの病院生活の環境を良くしてくれようとしている、
また何より赤ちゃんのために
今どうなっているのか正確に知らせてほしいと思っている・・・。
そんな気持ちで看護師さんに当然の主張をしているのですから、
私の諦めで遮ることは出来ません。

そのあと、先生が来てくれました。
昨日とは違う、夜の当直の方ということで
あまり詳しいことは知らないようでした。
が、それでも冷静に丁寧に話してくれました。
昨日は、今日の夜か、金曜日に退院出来ると聞いていたので
いつになるのかハッキリ聞きたかったのですが
「それはわからない」ときっぱり。
うそでしょ・・・。
「新生児の体調は変わりやすいので、
今日良くても明日どうなるかは分からない。
明日の検査を待ってください。」

そう言われれば、もう納得するしかありません。

それにしても
もうあっちもこっちも、言うことが・・・バラバラ。

マルも怒りと呆れで、不満爆発させて帰って行きました。

IMG_20160623_130551b.jpg

ベッドで放心状態・・・。
あぁ、外はあんなに明るいのになあ。。
私はここで、なんでこんなに落ち込んでるんだろうなあ・・・


その夜中0時半の授乳でも
当直の看護師さんとひと悶着あったのですが、
もう今までのこの日記を読んでれば
ここでどのような対応をされたか、察して頂けると思います。。
だからもうあえてその内容は書きません・・・。
赤ちゃんを守れるのは私だけだという信念ひとつで
心を鉄のように固く冷たく防衛して、乗り切りました。
昨日から一転、がっくり、
残念すぎる
涙に濡れた一日でした・・・。

24日、金曜日。
生後8日目、病院生活7日目。

今日も朝6時頃から看護師さんが各部屋に回って、
ナプキン、常用薬、シーツ等の配布をしてくれました。
こんな早いもんなんですね。
あまり寝れないママさんたちには朝も昼も関係ないのでしょう。。

その時に看護師さんが「今日は大きなビジタがあるから」と言っています。

ビジタ??

よく分からなかったので、とりあえずいつも通り
新生児室に行き、授乳してきました。

帰って来てみると、同室の方や、
回って来た掃除婦さんの会話からなんとなくわかりましたが
大きな回診があったようです。
つまり偉い先生の回診。

しばらくしてまた別の偉い先生が回診に来ました。
多分、この方は小児科の先生で、先に来たのは婦人科の先生。
すんごい優しい笑顔のおじいさん先生でした。
一緒に回っていた看護師さんは、あまり覚えてないけど
新生児科の人。
先生は優しい笑顔で「チェコ語話せますか?」と聞いてくれましたが、
後ろの看護師さんが私が答えるよりも先にすばやく「下手です」とバッサリ。
あーはいはい。
そっちを無視して私は「少し話せます」

そしてまた先生、「満足していますか?」

ま・・・まんぞく・・・
私の中にあるものと対極の単語・・・

これはコメディ?
あまりに場違いな言葉すぎて、ひとり笑いそうになりました。
チェコ人の好きな、ブラックユーモアか・・?と
心の中でツッコミ。

笑っていいのか、
泣いていいのか、
怒っていいのか、
もう感情がよくわからないことになったので、
無表情で「はい。」と答えました。

この方はすごく偉い人のようなので、
ここで何か文句の一つでも言えば
何かまたひとつ変わったのかもしれませんが、
もうね、そんな元気もない。戦うだけ無駄と悟ってますので。。

色々あったことや、心が折れそうになったことは
マルにメッセージを送って、励ましてもらっていました・・

9時前。
さきほど授乳に行った時に、
看護師さんに9時にまた抗生物質に来て下さい、
と言われていました。
???
終わった筈では??と思いつつ、
新生児室にまた行こうとしていたのですが、
毎日の小児科の先生の回診がそろそろ来る時間。
来そうで、来ない。
待っていれば良いのかどうしようか、悩みました。
そこで、回診に一緒について回っている看護師さんが
廊下にいたので、どうすれば良いか聞いてみたところ、
「回診を待ってて下さい。抗生物質はもう無いでしょう。」
とのこと。

あれーー??

またか。笑

もう、もう、私を笑かそうとしてるとしか
思えませんでした。
あっちも、こっちもバラバラのことを言う・・・
同じ新生児科の看護師なのに。
そんなんでいいの?
分からないなら、適当なことを答えない方がまだ誠実。
なめるのもいい加減にしてくれないと・・・。
もうね、ため息も出ない。

結局、部屋で待ってました。
もし必要であれば、看護師さんが来てくれるはずだし、
今は小児科の先生の回診、そこで言い渡されるはずの退院に関する判断が
何よりも待ち遠しかったのです。
木曜日夜か、金曜日には退院出来ると、説明されていたのですから。。

小児科の先生がやって来ました。
若い女の先生。前に説明をしてくれた方とは違いますが、
こちらもすごく親切で分かりやすく話してくれました。
先生は、いいのになあ・・・。

赤ちゃんのチェックをして、体重を量って。
そして、待ちに待った先生の判断は・・・
「今日、退院出来ますよ」

や・・・

やったーーーーーーーーーーーー


ーーーーーーーー!!!!!!

心からの笑顔が、久々に出ました。

炎症の数値も下がっていたし、
一番、心配のタネだった赤ちゃんの体重も
この時は微増していました。
回診の前にタイミングよく授乳でき、
ちゃんと十分な量も飲めていました・・・。

私や皆の応援に、赤ちゃんが答えてくれたんだと思います。

今日の昼1時に退院していいですよ、とのことだったので
先生が退室したら即、マルと母にメッセージを送りました。
マルも昨日から会社に言ってあり、
退院が決まれば即、迎えに行って良いと許可を貰っていました。
理解ある会社、上司に恵まれ、本当にありがたいことです。

そこからは、退院準備!!
ああうれしい!楽しい!!
同室の方も同じ日に退院ということになり、
二人でうきうき片付け等していました。

午後1時、マルと母が迎えにきてくれ、
先ほど回診に来ていた小児科の先生がもう一度
赤ちゃんの状態や、これからすべきことを教えてくれました。
またマルも疑問点を質問出来、解消出来たので
とってもすっきりした様子。

最後の最後に、素敵な先生に丁寧に説明を受けることが出来て、
なんとか後味は悪くなく、退院することが出来ました。

あぁ・・・長い長い病院生活。

やっとここで終わりです。

ちなみに、家まではタクシーで帰りました。
タクシー会社に電話して聞いてみると、
チャイルドシートは不必要とのことで・・・
私がだっこして乗りました。

あー久々の外!!!
明るい!!!
久々のお家!!
落ち着く我が家。。。T_T

こうして、実に1週間におよぶ病院生活は終ったのでした。
気分的には、3週間くらい居たような感じがしますね。。
それくらい、色々あった、
心に突き刺さる1週間でした。

産院レポート4、5日目

21日、火曜日。
生後5日目、病院生活4日目。
そろそろ退院の日も近いかな・・・と思っていたのです。
朝の回診で、婦人科の先生は
「明日の午後退院できるでしょう」

やったーーーー!!!!

テンション上がってました。

しかし・・・!!
喜びもつかの間、すぐに悲しいお知らせが判明。。
9時に抗生物質を打ちに連れて行った時、先生が診てくれたのですが、
赤ちゃんは抗生物質をあと5日打たなければいけない、
その間、私も退院できない、ということです。。。
炎症を示す数値が下がらないの?と後でメールで
マルに聞かれましたが
私はそこまで詳しく聞けなかったので、
今日彼が来て、直接聞いてくれることに。。。

面会時間ギリギリに来てくれたマル。
新生児室のインターホン越しに用件を伝えると
(いつもの看護師さんたちは出てすら来ない)
新生児の先生が説明に出て来てくれました。
若くて、明るい感じで、とても親切に話してくれたので
ちょっと安心しました。
が、やっぱり残念なお知らせは変わりません・・・
抗生物質を続けて打たなければいけない。
退院はそのあとになる、とのこと。
炎症を示す数値は、実は昨日また上がっていたそうです。
しかし今日の検査では下がっていたので、
このまま下がり続ければ問題はないとのこと。
それを聞いて、とりあえず安心はしました。

退院出来ない、ということがはっきりして、
仕方ないことだけど本当に落ち込みました・・・・。
看護師さんたちの冷たい仕打ちに耐えるのも、明日まで・・と
それを希望になんとか気持ちを保っていたのが、
あと5日もまだここに・・・?

そんな悲しみとストレスのせいなのか、
おっぱいもなかなか出ません。
上手くいかないことで、更にストレス。。
新生児室に来ているお母さん達は
みんな母乳をあげているのに。。。
(そう見えただけかもしれないけど)
看護師さんの言ってることも、わかったようでわかっていなくて。
言われた通り、と思ってやってることをやってても怒られるので、
私ちゃんと理解していないのかな?と不安になり。
私がわからないで右往左往していることに
看護師さんたちもイライラしてる、
そしてめんどくさがっているのが
肌で感じられます。。。

さらに、看護師さんによって、言うことが違う
さっきは、こうしなさいと言われたのに、
そのすぐ後には違う人に、なんでそんなことしてるの?
と責められる・・・。
例えば「授乳を7分して」と言われてやったとしても、
「まだやってるの?長過ぎる」と怒られます。。

いや言われた通りしてますが・・・!!!!!

・・・と、言い返せてないのが、私のいけないところですが。
今の自分にそんな余力はなく・・・

「このミルクを全部飲ませなさい」と言われ、
あげていても、赤ちゃんは吐いてしまうんですね。
私の気持ちを察知してか、赤ちゃんもあまり気分良さそうじゃないし、
そのせいで飲めないのかもしれません。
まったく負のスパイラル状態
それでもおかまいなく、
看護師さんはとにかく、飲ませようとします。
赤ちゃんは吐きます。
苦しそうな赤ちゃんを見て、本当にこれでいいのか?と・・・。
この子にはこの子の飲み方があるのかもしれないのに、
杓子定規で、この量を今飲みきらなければならない、という
そういうやりかたにまた私も不信感を抱き・・・。

ストレスと、悲しさと、自分のふがいなさ・・・
そして少なからずあるであろう、アジア人への差別、偏見・・・
・・・それもひしひし感じます。

赤ちゃんがなかなかおっぱいを飲んでくれないこと、
私の母乳がまだ足りていないこと。
その上に赤ちゃんの炎症、
看護師の態度と度重なるヒドい仕打ち、不自由ばかりの病院生活・・・。

全部がずんずん積み重なって、
ついにこの日の夜、限界を超えてしまいました。

涙がとまならくなってしまい、
同室の方に何か申し訳ないし
思いっきり泣けないので
誰もいない食堂に行って(赤ちゃんも一緒に連れて)、
マルにメッセージを送りました。
深夜でしたが電話もかけ、助けを求めたんですが
なんか私の気持ちをうまく理解出来ていない。。。
説明し分かってもらう余力もないので、
もういいよ、とすぐに切ってしまいました。
でも誰かにこの気持ちを聞いてもらわなければ
私がつぶれちゃいそうだったので、
今度は母に電話しました。

母は、私の泣きながらの電話も、
そうか、そうかと聞きに徹してくれました。。

母は日本に帰るか、ということまで
提案してくれましたが、
結局、
「一番どうしたい?」と聞かれ、
「赤ちゃんが元気になって、一緒にお家に帰りたい」
とはっきり自覚しました。
そのためには、待たなくちゃ。
赤ちゃんのため、頑張る、耐える。
赤ちゃんを守れるのは私だけだ・・・。
そう考えがストンと心に落ちたところで、
そこまでの辛さに、ひとまず区切りをつけることが出来ました。

話しきって、少し落ち着きました。
部屋に戻り、
マルにもさっきは一方的に電話切ってごめんと
仲直りをし、ただただ寝ました。

翌朝、起きて。
22日、水曜日。
生後6日目、病院生活5日目。

ところで、夜中はお腹がすいて起きる、、らしいが
わたしの赤ちゃんは、4時間もしーんとしたまま。
あんまり不安になったので、起こして授乳しました。
炎症が起きてるらしいけど、それって消化器系の炎症なのかな?
と思ってみたり。

小児科の先生の回診で、一緒に来ていた看護師さんが
私に「おふろを一緒に入れましょう」
と提案してくれました。
昨日、マルが色々話している時に、
腕に針が入っているのに自分ではお風呂入れられないということを
言ってくれていたのだと思います。
ここにきて、看護師さんに優しい言葉をかけてもらったのは
初めてのような気がします。泣
夕方に約束し、新生児室で沐浴してもらいました。
(看護師さんも、ひとりでは無理のようでした。。
わたしが針の入っている手を抑えてました。)

おっぱいからの授乳はまたも8g程度。
なかなか増えません。
こんなに精神的に落ちてたら、そりゃ出るもんも出んわ・・。
キツい看護師さんにまた「早く行け!」のように言われ、
やっぱり辛いけど、
昨日まではストレートに受け止めて落ち込んでいたところを
今や半分あきらめて冷めた感じで受け止められるようになっていた。
鈍感力・・・大事だな。今思えば。

昨日の晩、あまりにも私がボロボロだったので見かねて
マルが午前中に来てくれました。
半休とって保険の手続き等に行ってくれていたのですが、
その合間に時間を作って立ち寄ってくれました。
マルの顔を見ると、張りつめていた気持ちが解けて
また涙が出て来て・・・。
マルもお医者さんと看護師さんに話しを聞いてくれました。
退院できないのか、一応聞いてみたけど、ダメで。
またキツい看護師さんに当たってしまったので、
マルも「辛さがよくわかった。」と怒り、呆れていました・・。

ちなみに、判明したことですが、
抗生物質が必要なのは
昨日の段階であと5日間ではなく
全部で5日間、ということでした。
つまり木曜日、明日で投与は終わり。
そのあと、問題が無ければ退院ということになります。
やった・・!思ったより早いのかもしれない。

マルは午後から仕事なので、急いで帰って行きました。
いつもはよく寝ている赤ちゃんですが、
パパが来て、帰ってからもずっと起きたままでした。
そのあと授乳しました。
あまり昼寝してなかったので、量出ないかな。。と思ってたところ、
やっぱり吸い付きが弱いです。
いっぱい飲んで大きくなろうね〜
応援していると、
途中からぐんぐんがんばって飲みはじめました。
そしてなんと24gも飲むことが出来ました!!
えらい!!!
それだけで泣きそうに。笑
もう感情、振れまくりです。
パパも来てくれて、皆が応援しているよって
感じてくれたのかな。

その日は、わりと授乳が順調で、
夜8時頃の授乳で40g飲めていました。
そうすると、看護師さんが
「もう新生児室に通わなくていいですよ」
と言ってくれました。
赤ちゃん、頑張ってるんだなあ、成長してるんだなあと
嬉しくなりました。

今日は、なんだかちょっと良かった日でした。

産院レポート3日目

20日、月曜日。
生後4日目、病院生活3日目。

ここまで順調に思えていた入院生活。。
そろそろ、不満とストレスが溜まり始まります・・・。

朝6時頃、
まだうとうとしていると、
看護師さんがさっそく赤ちゃんを届けにきてくれました。

7時には婦人科先生の回診。
会陰切開の傷の痛みを訴えても、
「シャワーしてよく乾かして。」のみ。
これだけがなかなかすっきりしなくて、本当に気持ち悪い〜。。

9時には抗生物質を打ちに、また新生児室。
毎日午前9時と午後9時の2回、投与することになっています。
先生も赤ちゃんの状態を毎日チェックしてくれているので
ひとまず安心・・・。
ですが、やっぱりチェコ語オンリーな環境では、
自分が正確に分かっているのかどうかすらわからないので
本当にストレスが溜まります・・・。

この時、私はちくびが切れてて
直接授乳出来なかったので、ミルクをあげてました。
午後イチの授乳の時間、ミルクをあげた後に
搾乳をしてみると・・・けっこう出た!!
前日の、うっすら・・・ではなく、
確かに液体を確保できた!!笑
私の、今まで長年酷使してきた体でも
ちゃんとママ仕様に変化してるんだなぁ・・と感動しました。
ほんと、いろんなことにいちいち感動しづくしです。

ところでこの日の午前中は、マルは半休をとって、
母と外国人警察に行ってくれていました。
当局に母のチェコ滞在を知らせるためです。
そこから会社に行く途中、マルは病院に寄ってくれました。
面会時間外だったけど、
ナースステーションに知らせれば許可されました。
用件は、保険の必要書類にサインをするためです。
私が入院している間、またその後も、
チェコ側の色んな書類関係や手続きなどは
彼が全部やってくれました。
仕事も適宜半休をとって、当局に出向いてくれたり、、、
大変だったろうと思いますが、安心して任せられていたので
本当に助かりました。感謝!

ちなみに赤ちゃんの名前はゆうきですが、
日本式に「ゆ」を書くYúkiでは、
チェコ人としての書類が通らず、
Júkiとするように指示されました。
チェコ人なので、
チェコ語としてに正しい発音が出来る表記で、
ということのようです。
それ以外そうするしかないですね。
というわけで、日本のパスポートとチェコのパスポートで
名の表記が変わっちゃいました
あとあと面倒くさいことにならなければいいけど・・・。

あと、朝の早めの時間に、
部屋の移動をするかどうか
看護師さんが聞きにきました。
迷いましたが、結構居心地がいいので、
このまま有料の部屋に滞在することにしました。
あと1、2日で退院する『はず』なので
有料でもいいかな、と。
同室の方に後から聞くと、
無料のほうは、3人部屋でもっと古い感じだし、
あなたの選択は正解だよ、と言われました。
ちなみに更にグレードが上の、個室もあるようでした。

15時、その同室だった方が退院。
最初はちょっと怖そうだったけど、
私が手間取ってることなども
さっと気づいて教えてくれた、いいお母さんでした。
小さな男の子は第二子のようで、お迎えには
旦那さんと元気な男の子が来て嬉しそうに退院して行きました。
いいなあ〜・・・
さぁて・・・私の退院はいつだろう???
最初に見た契約書では、通常3〜5日で退院と書いてありました。
今日はそろそろ、3日目なんだけども?

15時半には母が面会に来てくれました。
マルは会社です。
母は、頼んでいたもの(差し入れ、着替え、お茶など)を携えて、
真夏の炎天下のもと、慣れないチェコの地下鉄とトラムを乗りついで
やって来てくれました。すごいです、感謝です。
この毎日の母の差し入れがなければ、
私は入院生活中に干涸びていたことでしょう。笑

そして赤ちゃんを一緒に沐浴させてみたのですが・・・
その針を入れているところを濡らしてしまいました・・・。
これ、あとで看護師さんに怒られました。。

でも・・・
沐浴は部屋で自分でさせなさいと、
最初のレクチャーで言ってた・・・
抗生物質を打った後も、
赤ちゃんの手には針が入ってますので、の
一言すら説明してくれなかった・・・
そりゃ、濡らしたら良くないだろうということは
常識で分かりますが
何か一言声かけしてくれてもいいのに・・
そしてそんなに怒らなくてもいいのに・・・泣

この辺りから看護師さんに対して、
厳しい人たちだな、だけではなく、
冷たい、ヒドい、人としてどうなの!その態度!という
マイナスの印象が強くなってきました・・。

16時半、授乳のために新生児室へ。
(何も問題がなければ、部屋で自分であげれば良いのですけど、
ミルクあげなきゃいけないし搾乳しなきゃ行けないので毎回通っています)
このときは、おっぱいから直接、8g飲めました!!!
わずかですが、進歩に嬉しくなりました。
しかし搾乳ではほとんど出ず・・・。
なかなかすぐには上手くいきませんよね。
ミルクと前回の搾乳で絞っていた母乳をあげましたが、
最初の哺乳で時間を使いすぎたようで赤ちゃんが疲れてしまって
なかなか飲んでくれませんでした。

赤ちゃんになんとか上手く飲んでもらおうと悪戦苦闘していると、
「長過ぎです。左右5分ずつでいいです。」
と看護師さん。

え・・
でも最初、今日は5分、明日は7分、明後日は10分・・・と
指示されたから、その通り今日は10分やってたのですよ。。
だったら最初に言ってよ、という感じで不満がまた蓄積。。
イライラ・・・

17時半に夕ご飯。
この日はチキンリゾットみたいなもので、
チーズものってて美味しかった。
唯一おいしいと感じた病院食でした。笑

18時母が帰ります。
そのあとはひとりでゆっくり・・・。
3時間ごとの授乳で新生児室に通う以外は、部屋でのんびりです。
しかも今は部屋にひとり、私だけ。
快適。。笑

赤ちゃんと一緒に過ごしていると、
うんちをしているタイミングが分かるようになりました。笑
寝ていても、いきなり火がついたように泣き出すのです。
独特の、なんか香ばしい感じの香りの緑色の胎便、、
やっと拭き取るのも慣れて来ました。
昨日、はじめて自分でオムツ換えをしたときは
慣れてないし、分からないし、こわごわだし、、、
私の手も、赤ちゃんの足も緑のうんちまみれになっていました。笑

歌いながら寝かしつける余裕も出て来ました〜♪

でもやっぱり寂しいので、
夜はマルと、ずっとメッセージのやりとりをしてました。。

もう新生児室では預かってもらえず、自室にずっと置いておくようです。
それも何も知らされていなかったので、
連れて行ったらすんごい冷たい感じ
追い返されました。。。
なんか・・・そういう小さなことが
どんどんつもりつもっていくのですよね・・。
ストレス・・・

夜中に、新しい人が運ばれて来ました。
ついさっき産んだようです。
自分の体験もまた思い出して、ドキドキしちゃいました。
チェコ人の女性で、二人目の男の子だそう。
ひとり部屋でのんびりタイムは終わりました。笑

産院レポート2日目

19日、日曜日。
生後3日目になります。

ブルノのお母さんが今日の午後来てくれることになっていました。

相変わらず、うちのちびちゃんは保育器の中。
それでもおっぱいの練習のため、朝6時から3時間ごとに来て下さいと
言われていました。

午前中は新生児室に通うのと、
部屋でひたすら睡眠をとるのを繰り返していました。

産後の体調はというと。
体はやっぱり疲れているのか・・・
寝ようと思えばすぐに寝落ちすることは出来ますが
やはり緊張と興奮が覚めやらず、すぐに目が覚めてしまってました。
あとさすがに、腰あたりはなんだか緩んでいる感覚はありました。
ちょっとひねると、ぽき・・と骨の音が・・・。
寝ている間も、骨盤ベルトを巻いて、
体をまっすぐに保つように気をつけていました。
そのおかげか、産後腰のゆるみは比較的少ないように感じています。
あとは、後陣痛と会陰切開のですね・・・
後陣痛は実際、そんなに痛みは感じませんでしたが
まあ悪露がすごいですね。
会陰切開の痛みが一番キツかったです。
巡回にきた先生にそれを言っても、傷は問題なく処置されてるから
あとは頻繁に冷たいシャワーをして、よく乾かして。とのこと。
でもたしかに、変なじくじくした痛みは、シャワーすると多少すっきりするのでした。
それと、これはあまり一般的な症状じゃないかもしれませんが、
顔がものっすごい荒れました。泣
ガサガサになるという感じではなくて、
なんか湿疹?シミ?みたいなのがぶわっといきなり噴出してきたのです。
おかげで、産後直後の写真は悲惨な顔ばかりです。。
ホルモンの影響でしょうか・・・。
数週間かけて消えいったのでよかったです・・。

逆に何が良かったって、
仰向けで、トイレに起きずに寝つづけられること・・・!!!
妊娠後期からはずっと重いお腹を抱えて、
右向いたり左向いたり、1〜2時間ごとにトイレに起きたりで、
ぐっすり寝れた試しがありません。
その詰まっていた中身を全部出して、軽い体になってからは
仰向けで全身の力を抜いてふわ〜んと寝転べることが出来るのです。
この姿勢で寝られることが
こんなに気持ちいいものだったなんて・・・と感動しました

午前6時。新生児室に様子を見に行きました。
まだ保育器の中にいましたが、目を開けて、起きていました!
昨日はずっと閉じていて、本当に産まれたばっかりの何ものでもない生命体、
というかんじでしたが・・・
目を開けているのを見ると、だんだんヒトらしさ
感じられてきました。
おっぱいの練習をしてみると、ちゃんと吸い付いてくれるのです。
もうそれだけで感動。
頭をなでなですると、よりモゴモゴ口を動かしてくれるのですが、
看護師さんに「触らず、静かに見守れ」と言われたのでやめました。。
そして初、おならの音を聞きました。^^
あくびもして、くしゃみもして・・・
いっちょまえに全部するんだなあと、また感動です。

9時にもまた赤ちゃんのところへ。
すると、ちょうど抗生物質を打っているところでした。
大泣きしています・・・。
廊下で待っているとすぐに終わり、
看護師さんが連れて来てくれました。
しかし見ると、泣いてたからか顔が真っ赤。そして足が紫になってました。
よほど力を入れて泣いていたのでしょう・・・。
泣きつかれたのか、おっぱいの練習をしても全然口を動かしません。
寝ちゃってるみたいです。
腕の中で寝てる赤ちゃん、かわいいなあと思いつつ、
大丈夫かな・・・と心配になりました。

昨日から赤ちゃんの腕には、注射針を刺したままです。
点滴をするときの先っぽを着けたままにしている感じです。
もちろん、自分で触ってしまわないように、
手の先まで隠れる服を着てはいるのですが・・。
これ、衛生的に大丈夫なのか?とか
当たっちゃって痛くないかな?とか
色々考えちゃいます。
そして私も、出産時に刺された針は
3日間ずっと着けっぱなしでした。。
そのままシャワーも問題ない、と言われてましたが
管に少し血が混じって赤色に変わって来たころには
気分的に、早く外したくてたまりませんでした。^^;

そんな新生児室へ通う合間に、部屋には
婦人科の先生や看護師さんが回診や体調チェックに来ていました。
同室のサーシャは今朝の先生の回診後、
診察室へ行ってより詳細な検査をしてもらいました。
しばらくして帰って来た彼女は、満面の笑みで
「今日お家に帰れる!!」
と大喜びで帰って来ました。
本当は明日まで入院の予定でしたが
検査で問題も無かったし、自ら訴えたのでしょう、
希望が通り、即退院出来ることになりました。
私たちは家もわりと近かったこともあり、
産後また会いましょう!と、連絡先を交換しました。

11時
看護師さんが「今日のお昼には保育器出られますよ」と!!!
やった!!!
それに3階に移動することも出来るとのこと。
より赤ちゃんの側に行けるんだ〜嬉しい!
しかし、新生児室はなんかごった返していたので
12時にもう一度来て、とのこと。

IMG_20160619_130349b.jpg

お昼ご飯。
だんだんご飯を撮るのも飽きてきました・・。笑

12時に来て、おっぱいの練習をしました。
うまくもごもご吸ってるなあと思って、ぱっとみたら
ちくびから血が出てる・・・!!
痛いはずだ・・・!!
bepanthenという塗り薬をもらい、ケアするように言われました。
最初はどうもなかったけど、だんだんジンジンしてきて
服に擦れて痛くなってきました。。

面会時間15時の少し前に、
私は部屋を変わることが出来ました。
同室のサーシャも、お昼過ぎに旦那さんが迎えにきて
帰っていっていましたので、もうこの部屋にはなんの未練もありません。
3階に変わる時、
「普通の部屋と、有料の部屋どちらがいい?」
と聞かれ、あまり違いはよく分からなかったので、
普通の、と選びました。
が、普通の部屋は埋まってしまったらしく、
結局有料の部屋に一晩泊まることに。
明日には普通の部屋に移動してもらいますね。と。
ここも二人部屋でしたが、さっきまでとは違い、綺麗!
そしてちゃんと赤ちゃんが沐浴できるような洗面台もあり、
その横はオムツ替えの台。
クローゼット、テーブルとイス、テレビまであるのです。
同じくこちらも洗面所などは隣と共用でしたが。
ずいぶんグレードアップした感じのお部屋になりました。

IMG_20160620_184622b.jpg

IMG_20160620_184544b.jpg

そしてこのタイミングで、
出産時に腕に刺された針を抜いてもらうことが出来ました。
あぁきもちわるかった〜・・・

そしてこのときから、赤ちゃんは保育器を出て
しかも私も自分の部屋に連れて行くことができるようになりました!!
赤ちゃんと一緒・・・しあわせ・・・
ちょうど面会の時間にも間に合って、良かったです。

IMG_20160619_183547b.jpg

すやすや・・・。

さて部屋が変わって間もなく15時に。
ブルノのお母さん、マル、うちの母が来てくれました。
義母はもちろん、赤ちゃんと初対面♪
面会者は病室には入れないので、廊下か食堂でひとときを過ごします。
あっという間に3時間は過ぎてしまいました。
義母は赤ちゃんを抱っこするのは、おくるみに包んでから!と頑なでした。

夜の授乳の練習は、やっぱり新生児室でしました。
ちくびが切れてしまっているので(私の吸わせ方がわるかったよう・・)
カバーを付けて練習。
さらにさく乳器を使い、刺激をくわえておきます。
ほんのすこーーーーーーーーーし、母乳が出始めました・・・。
でもこんな少しで大丈夫なの?と心配になっていたら、
まだ赤ちゃんはお腹の中でもらった栄養だけで足りてるので
何も必要ない、とのこと。
この時の説明で、いままで私が授乳していると思っていたのは
ただの練習で、赤ちゃんは何も吸ってないということがわかりました^^;
自分のことながら、全然わかりません。。
どれくらい出てるのか、とか。
それは一ヶ月経ったあとでも、いまいちつかめませんね。。

この日の夜は新生児室で預かってくれましたので
夜は静かに寝ることが出来ました。。

産院レポート1日目

怒濤の出産を終えた翌日18日午前1時過ぎ。
運ばれて来た病室は5階の2人部屋でした。

私が来てほどなく、お隣の女性がお手洗いへ行くのに起き上がり、
声を掛けてくれました。
深夜で暗い病室ですが、妊婦さんだというのはわかりました。
「英語しゃべれますか?」
はい、多少・・^^;
そう答えると彼女はにっこり。
「私は夜中にしょっちゅうトイレに行っちゃうけど、起こしてしまったらごめんね。」
いやいや、私も昨日まで妊婦だったので
あなたの状況はよく分かってる!何も気にしないで〜
と返事。なんだか親切そうなひとでよかった、と安心しました。
そのあと眠れない私たちは少し会話をしました。
彼女はサーシャと言って多分ルーマニア人の方。
イギリス人旦那さんと一緒にここに住んでいて、
妊娠経過で少し不安要素があったので、念のため入院しているとのこと。
同じ外国人同士、なんだか意気投合しちゃいました。

朝。
6時頃に目が覚めました。
疲れでぐっすり・・・よりも興奮の方が勝っていたのでしょう。
しばらくサーシャと話しをしてました。
自己紹介や、今の状況のこと・・・。
そこでわかったのが、なんと彼女も私と同じで、
プラハ4区の大学病院に予約していたのだけれど
今クローズしているのでここに来させられた、ということ。
4区の病院に何日か入院していたことのある彼女の話しによると、
あちらはとてもいい病院だそう。
赤ちゃんの扱い、妊婦の待遇、病室や設備、看護師・・・
それに比べてここはひどい、早く帰りたい!!と言ってました。
私も、あちらの方はけっこうしっかりしてる病院だな、くらいには
思っていましたが、そこまで差があったんですねぇ・・。
逆に、その良い環境を知らずに最初からここに来た点で
ラッキーだったのかもしれません・・。
まあ私はもう出産終わったので、関係ないな・・・。

私の前日に出て行った同室の人は英語通じなかった。
ひとりでこの(彼女曰く)最悪な病院で、不安な入院生活を送っているのは
短期間だとしても本当に辛かったそう。
で、私が来て、へたくそなりにも英語で会話が出来たので
本当に良かった嬉しい^^と言ってくれました。
こんなへんてこな英語でも役に立つことができたようです。

ぼんやりとベッドで休憩していたのですが、
彼女に「あなたの赤ちゃんはどこ?」と聞かれて
急に不安になってきました。
そういえば、わたしこれからどうすればいいんだろ・・・。
昨日分娩室で連れて行かれてから、一度も会ってません。
そしてこの後どうすればいいのかも聞いてないです。
朝の体温チェックにきた看護師さんに
「赤ちゃんはどこですか?」と聞いてみたところ、
3階の新生児室にいるということがわかりました。
聞かなきゃ教えてくれないのね^^;と思いつつ、
さっそく見に行ってみることに。

7時頃、エレベーターで降りてみると、
3階はどうやら産後ママたちが入院している階のようです。
あちこちから赤ちゃんの泣き声が聞こえ、
廊下には、赤ちゃんのカートを押したお母さんたちが行き交っています。
5階は、3階が一杯になったら使うところのよう。
新生児室に行き、看護師さん
「名前は?」
と聞かれ、私の日本の名字を言い、あれ違う、チェコの名字か、と思い、
言い直しましたが、
看護師さんがなかなか赤ちゃんを見つけられないのを見て、
赤ちゃんの名字(つまり男性形の方)を言い、やっと発見されました。笑

カートに入った赤ちゃんは、昨日見た白い布でぐるぐる巻きではなく
赤ちゃんのお洋服を着せられ、すやすや眠っていました。

おぉ〜わたしの赤んぼだ〜
嬉しさがこみ上げて来ました。

看護師さんは無表情でなんだかキツい感じの人で(笑
こっちは忙しいんだからオーラをぶんぶん漂わせていました。

で、ここは私が空気を読んでの推測ですが、
もう少しあとで、看護師さんが昨日産んだばかりのお母さん達に
ここに来るように呼んでくれる予定だったようです。
そして、これからの説明やら、サインやらをする、と。
わたしは先走って早く来てしまったようで
看護師さんたちも、うーんどうしよう、という雰囲気を漂わせていました。

まあせっかくきたんだから、と
おっぱいをあげる練習をすることに。
新生児室の前に置かれているベンチに座って、
看護師さんの指導をうけました。
赤ちゃんは全然、吸い付きもせず、口も開かずだったのですが
看護師さんが半ば無理矢理に口をこじあけ、
がぶーーっとくわえさせました。
無理に押し付けられたので赤ちゃんも「ふえ・・」と泣き声をだしちゃう。
(これでいいのか・・・最初はそういうもんなのか、、)
と思いつつ、何しろ何もわかりませんから、
看護師さんがそうやってるんだからそれでいいんだろうと考えるしか
ありませんでした。

わずかな時間でしたがそんな練習をした後、
「朝食を食べて、そのあとまた来て下さい」
と言われ、部屋に戻ることに。

7時半頃に、食堂に朝食を食べに行きました。
サーシャは、まずい朝食はいらないらしく(笑
旦那さんに差し入れで貰ったフルーツなどを部屋で食べていました。

IMG_20160618_072807b.jpg

また食事の写真。笑
パン!ヨーグルト!牛乳!終わり!!
リンゴは、おやつとのことでした。一緒に出されるのね・・。

(初日、こんなものしか写真撮れてないのです。。)

食べ終わって、すぐにまた3階に降りました。
看護師さんに名前を告げると、カートではなく、
なんと保育器のところに案内されてしまいました!

え!赤ちゃんが、保育器の中にいる〜!!!

びっくりです。
これって、なにか普通じゃないことがあったときに
入るところだよね!?と、ドキドキ、一気に心配になってきました。

チェコ語で説明してくれるには、
羊水を吐いてしまった。吐くのは普通なんだけど、少し量が多くて、
心配だったからここに入れている。今状態は安定している。
先生が診察に来てくれるから、今は何も問題ないし、何もすることはない。
ということでした。

吐くなんて、とても苦しいのに、産まれてすぐにそんな
ことになっちゃって、、、可哀想でたまらなくなりました。
ちょっとだけ頭を撫でて、病室に帰りました。

私がさっき、おっぱいをあげる練習をしたけど
そのときになにか悪い菌でも飲んじゃったのかな、とか
色々考えてしまい、本当に不安でした。

ちなみにおっぱいは産後そんなすぐ出ません。
ロボットじゃないんだからスイッチ入れるようにはいかないですね。
それでも赤ちゃんが吸う練習のため、また赤ちゃんが吸うことで
ママの体におっばいをつくるホルモンを作るよう促すため、
そうやって練習するんだそうです。
このことは数日後に説明されたわけですが・・・。

2時間後くらいにまた行って、様子を見に行きましたが
やっぱり保育器の中。すやすや眠っているので、ひとまず安心。
昼過ぎには、他のママたちと一緒に、沐浴のやり方を教わりました。
他の皆は実際にやるのですが、私は見てるだけ。
でもまあ見て勉強した、ということで、書類にサインをします。
何をやった、教えた、というのをいちいち書類にサインを残して
記録していくのですね。

15時にマルとお母さんが来てくれました。
面会時間は15〜18時。
新生児室に赤ちゃんの様子を見に行き、
看護婦さんに今の状況をもう一度詳しく聞きました。
私がちゃんと理解出来てるかわからなかったし、
マルも自分でちゃんと聞きたい、疑問点があれば質問したい
と思っていたので。
でも、看護婦さんはちょっと迷惑そう。。。

赤ちゃんは、どうやら炎症に掛かっているとのこと。
抗生物質の投与が必要なので、書類にサインをして提出してくれたら
明日の夜から始めるということでした。

16時にまた授乳の練習をして、
17時に夕ご飯を食べて、(その間母とマルが赤ちゃんを見ていてくれました
18時に帰って行きました。
ぽつねん・・
ひとりになるとやっぱり寂しい・・・
とはいうものの、部屋には友達がいるので
話をしているとだんだん気がまぎれてくるのでした。
英語を話さなければならないというストレスもありますけども。。

その後もまた3時間ごとに授乳の練習をしに新生児室へ通いました。
何の問題も無ければ、赤ちゃんを自分の部屋に連れて行って
側に置いておくことができるのに・・・
私の赤ちゃんは、ずっと保育器。すごく寂しい。。。
ちなみにこの病院では、産まれて3日程?は、
夜の間は新生児室で預かってくれるということになっているようです。

ところで、5階は色んな症状の方が入院してる階なのですが、
私たちのところではちょっとトラブルが・・・。
ひと部屋は2人用ですが、もうひとつ隣の部屋の方々と、
洗面所、シャワー、トイレは共有。
その隣の部屋に、どうやら認知症?のおばあさんが入院していて、
しょっちゅう私たちの部屋を開けて覗いて来たり、
洗面所のところでうろうろしたり・・・。
夜中にも部屋に侵入して来て、部屋をウロウロしてるんです。
さらには、トイレで汚物を撒き散らしたり・・。
あまりにひどいので看護師さんに訴えましたが、
彼女達も分かってるらしく、困ったね、という感じ。
私たちが訴えてからは、少し部屋で見ていてくれるようにはなったようで
侵入してくるのも減りましたが。
それもあって、この部屋から早く移りたいな・・・と思っていました。

こんな感じで入院1日目が終わりました。
後で聞いたことによると、昨日にあったお産は13件!
プラハの2つの産院が今クローズしているとのことで、
そこでお産予定だった人でこの病院も人が多くなっているのだそう。
うちの子と同じ日に産まれた兄弟(?)13人もいるんだ〜と思うと
なんだか嬉しい。その中で一番遅く産まれた子でしたね。

出産レポート

出産レポート

出産ももう1ヶ月半ほど前のイベントとなってしまいました。
あっという間ですね。
あんなに強烈な体験でしたが
詳細な記憶はどんどんあやふやになってきてます・・
ケータイに残っているメモを見ながら
自分の記録のためにも、レポートを書き残しておきます。

16日、日付が変わったばかりの午前0時過ぎ。
お腹が痛みだし、目が覚めました。
測ってみると、5〜7分間隔ですがまだそこまで強くないので
そのままソファで耐えていました。
痛み逃しは、深呼吸。
とにかく深く吐くことで、体の緊張と一緒に
痛みを解放する感じ。。

前の病院で貰った資料に
「前駆陣痛はお風呂に入るとおさまります」
と書いてあったので、試しに入ってみることに。
この部屋に引っ越して来て、はじめてバスタブにお湯を張りました。

うちのバスタブは欧米サイズ。
やたら縦長なので日本の感覚でお湯はったら、大量すぎです。
なので20cmくらいのお湯に寝転んであったまってました。笑
しばらくすると、なんだか収まってくる感じ。
な〜んだ、と思い再びベッドに戻り、寝ました。

朝、目覚めてからもやっぱり痛みが定期的に来ています。
一応測ってみると、5分〜7分間隔。
いつもどおり6時頃にマルと朝食を食べながら
今の状況を話すと、考えこみ、「もう一度お風呂に入ってみて」
平日なのでマルは会社に行かなくてはならないけど、
もしこれが陣痛なら、もう今から病院行った方がいい、と
そのことを考えてました。
もう一度お湯をはり、お風呂に浸かってみます。
マルは一応、会社に行く準備もしながら・・・。
お湯に浸かっていると、7分間隔かもう少し長いくらいになり
ちょっと収まった感じでした。
お、やっぱりまだかな〜と思って上がると、
またまた5分間隔になりました。
前の病院で貰った資料にも、5分間隔になれば来て下さいと
書いてありましたし、
結局、救急車を呼ぶことに決めました。

8時半、救急車に乗り込みます。
今回は破水した(かも)という状況ではないので
救急隊員さんは乗り込んでからまず、ペーパーワークを始めました。
今の状況を書類に書いて、サインして、救急車の請求書を作って
(保険無しなら、料金5000コルナ取られるようです。
後日保険でカバー出来ましたが。。高っ)
やっと出発したのは10分も後でしたでしょうか。
そんなもんですか?^^;

分娩予約していた病院は、まだ再開していないので、
前回と同じく一番近くの大学病院へ搬送されました。

8時50分頃、看護婦さんがお腹にベルトを巻いてくれ、
赤ちゃんの心音を記録し始めました。
(余談ですが、チェコ語の「看護婦」は、
直訳で「医療に関する姉妹」という感じです。zdravotní sestra
なので日本語でも看護婦と書いていきます。)

しばらくして、先生の内診を受けました。
おとといの先生と一緒の方でした。
先生も覚えてくれていました。
「うん、今回は始まっていますね」
と診断され、入院決定。
おぉ・・・いよいよか!いよいよなのかー!!
とテンション上がる?感じ。笑
落ち着きません。ドキドキ。

看護婦さんに入院着を渡され、その場で着替えます。
10時頃、部屋に案内されます。
普通の部屋は空いていなかったようで
これはなんの部屋かよくわかりませんが、こんなところに通されました。

IMG_20160617_200803b.jpg

日本で言うLDRみたいな感じもしますが??
でも看護婦さんがちょくちょくここに置いてある備品(写真左側)を
取りに来ていたので、ただの物置になってるのかも・・笑
まぁ他に誰もいないし、なんか無駄に広いので
気兼ねなく過ごせました。
マルもずっと一緒に居ることができましたし。

先生が何か薬を入れますね、と言っていたのを
部屋に移ってすぐにおしりに入れられました。
なにやら促進するものらしいです。
自然のもので、なにも残らないので安心して下さい、と
言われたそうです。
というか、マルが先生の説明を了承して、
私は後から聞いたので、もうなすがままです。

11時20分頃、またお腹にベルトを巻いて赤ちゃんをモニター。
赤ちゃんの心音と、胎動をチェックします。
特に問題なかったのでしばらくして外します。

12時過ぎにお昼ご飯を貰いました。
急遽入院となった私にもお昼を持って来てくれて嬉しい・・・
と思ってフタを開けると、
そこには噂に違わぬ、ザ・チェコ病院食が・・・。

IMG_20160617_122233bb.jpg

質素、まずい、こんなんで母乳がでるか!
チェコで出産した日本人ママたち非難ごうごうの、このお食事。
これでも一応、授乳中のママ用のお食事だそうです。
マルは、会社に持っていくはずだったお弁当を食べました。

ご飯を食べてると、どこからか妊婦さんの絶叫が聞こえて来ました・・。
今、まさに出産されているんですね。
私の部屋は個室でドアがありますが、
横、ナナメ向かいなどのあたりは分娩スペースになっていたようです。
その後も、定期的に女性の絶叫が聞こえてくるのです。
そんなに叫ばなければいけない痛みなのか〜と
リアルな生の声に私もドキドキです。
また、元気に産まれた赤ちゃんの産声も聞こえてきて
うわ〜コレだ〜!とまたもドキドキしながら、
見ず知らずのお母さんおめでとう!と嬉しさがいっぱいになりました。

13時半、また赤ちゃんのモニター。
このころもひき続き5〜7分間隔の痛み、本陣痛が
やってきていたのですが、それ以上にはなかなか進まず。

16時前に、またまたモニター。
この辺でも5分間隔。
痛みはだんだん強くなって来た気がしますが、
間隔が開き気味になってきました・・・。
朝からの病院でマルもお疲れモード。
ベッドの側でうつらうつら・・・。
ただただ時間が過ぎ、お産が進むのを待っていました。。。
窓の外のいい天気なお空を眺めて、これからどうなるんだろうなあと・・。

定期的に様子を見に来てくれる看護婦さんは、
どの方も結構感じの良い方でした。

18時、夕食タイム。
またもこんな感じ。

IMG_20160617_181742っb

マルは売店で軽食を買ってきて、一緒に食べました。

18時半、またモニター。
赤ちゃんは問題ないけど、お産が進まない。
看護婦さんに子宮口を開いてもらいました。

ところでこの日、日本から私の母が来ることになっていたのです。
まあ、なんというタイミングの良さでしょう・・・
前日まで冗談で「来る日に陣痛が始まったら大変だよね〜」と
話していたのですが、まさか本当にそうなるとは・・・
看護婦さんににその話しをしたら、
彼女も笑って「お産とはそういうものです。」
妙に納得しました。笑

そんな母が19時頃に空港到着だったのです。
さてどうしよう、さてどうしよう・・・
空港からお母さん、ひとりタクシーで来れるか、それとも迎えにいくか?
スーツケース2個もここにもってこようか?
などなどお昼頃からずっと考えていましたが
結局、マルが空港に迎えにいくことに。
19時過ぎに病院からタクシーで向かいました。
お母さんには朝に
「今から病院へいく、プラハの空港についたらWifiにつないでおいて」
と伝えてあったので、
こっちの動きをLINEで伝え、空港で待機していてもらうことに。

しばらく一人でした。
20時またモニター。
そして「そのへんを歩いて、重力の助けを借りましょう」
アドバイスもらったので、部屋の中を行ったり来たりし始めました。
この頃また5分間隔になって来ました。
ひとりでただただウロウロ・・・。

20時半。
先生と看護婦さんが来ました。
「チェックしますね〜」と先生。
私がベッドに寝転ぶと、何でもない感じで先生がチェック・・・
と思ったら!
何か差し込んだ感覚が!!!
そしてどばばばーっと、
なんだか温かい液体がいきなり流れだして来ました!!
え!?
破水させられた!!

イキナリ過ぎてビックリでした。。
説明もなし。私一人しか居ないし、言っても分からないから?
まあ最初にサインした書類に、そういった処置のことも
盛り込まれていたのでしょう・・
まあ、私としては、お腹の赤ちゃんが元気に産まれてくれれば
なにも文句はないので、
そこは先生と病院任せでいいんですが。
そしてまたおしりに何かクスリのようなものをいれられ、
左腕に針を刺されました。点滴の時にここを使うんでしょう。

先生も看護婦さんも終止ニコニコ〜と
なんでもないような感じなので、
まあ問題ない状態なんだろうなと雰囲気で察てました。

さて破水してからは、痛みの種類が変わりました・・・!
内側から下に向かって、ぎりぎりと押すような感じ!
さっきまでの、深呼吸でなんとか逃してこれた痛みではなく、
もう呼吸が追いつかないくらい、息が詰まってしまうくらいの
痛みに変わりました。
ここにきて初めて「いたた・・」と弱音を吐いてしまうように。
痛みが来ているときは、歩くのも無理。
すぐさまベッドに飛び戻って、うずくまっていました。

ベッドで一人うなっていた20時45分頃、
母が到着しました。
空港から、一旦お家にスーツケースを置きに帰り、
すぐさままたタクシーで病院に来てくれました。
ホントに今日になっちゃったなあ〜なんて
挨拶もそこそこ、私はやっぱり痛みの波に負けてのたうちまわるので
あまり母への愛想も出来ませんでした。

ちなみにここから誕生までのメモは残っていません。
さすがにもう記録する余裕が無くなっちゃったのでしょう。。
だいたいの記憶で書いていきます。^^;

1時間もしないうちに、看護婦さんが来て
またチェックをしました。
「圧力感じてる?」と聞かれ、そりゃもうすごい!と
顔で訴えました。笑
そして部屋を移動しましょう、ということに。

こちらは分娩室のよう。
この病院では、立ち会いは2人までOKということだったので
マルも母も、一緒に部屋にいてくれました。
移動したときはまだお掃除中でしたので、しばらく待ちです。
お掃除が終わっても、
「あまり座らずに、歩いて下さい」
と言われたので、部屋の中をぐるぐる、ぐるぐる・・・。
でもほとんど歩けませんでした。痛過ぎて・・・。
深呼吸でなんとか乗り越えようとするのですが、
息が詰まってしまって、上手くいきません。
マルにつかまって、なんとか立つのが精一杯です。

看護婦さんが見に来てくれて、どうですか?と
聞かれますが、痛いです。としか答えようがない。
バランスボールに座って痛みを逃すやり方も教えてもらい、
それにもトライしてみました。
確かに少し、和らいだ感じはしました。
が、少しは少し。
ぐんぐんぐんぐん、圧がかかって
腰から下を押し広げられる痛みは止まりません。

マルが看護婦さんに「今日中に産まれますかね?」と聞くと
「その方がいいよね!」と看護婦さん。
そのために破水させた??

ちなみにこの日は金曜日。
僕も金曜日に産まれた〜、とマル。
私は月曜日でした。

痛みの感覚は1〜2分というところ。
痛みが引いている筈のときも、余韻がものすごくて、
結局ずっと痛いままです。
腰を母にさすってもらいましたが、
振動で余計に痛くなったのでやめてもらいました。
私、多少逆ギレしていたような・・・。笑
余裕はもうありません・・・

看護婦さんがたまに子宮口のチェックをしてくれますが、
もうかなりきてると思ってる時点でもまだ6cmとかでした。
まだそんなもの?もっと痛くなるのか〜とウンザリする気持ちでしたが
ただもう耐えるしか無い。

ふと見るともう22時頃。
今日中には産まれないんじゃない?・・・という雰囲気が。
夜中になると、立ち会い者は帰らなきゃならないかな?
その場合、ひとりで産むのかな?
など、母と話していました。

何度目かに看護婦さんがきてくれた時に
「麻酔しますか?」と聞かれました。
それを入れると頭がクラクラするかもしれないらしく、
どうしようかな、と思いましたが
まだ7cm、しばらく掛かりそうだし、痛みがまだ増すのか・・と
考え、麻酔してもらうことに。
しかし、後から聞いてみると
痛みを和らげる麻酔ではなくて、痛みで緊張する筋肉をほぐすためのもの
だったようです。
麻酔入れたのに痛い〜!変わらん〜!と頭の中で抗議していたのは
間違っていなかったのです・・。

そこからは分娩台に寝転んだまま。
痛みは変わらないのに、麻酔効果でだんだんめまいがしてきます。
もう起き上がることもできません。
看護婦さんの指示で横を向かされます。
「赤ちゃんがちゃんと回転出来るように」と。
横向いたまま、もう深呼吸の余裕もほとんどありません。
そして恥ずかしさもなにもありません。笑

ただマルの手を握って、「いたい〜いたい〜」
情けない弱音を吐くのみです。
マルが手を組んで握ってくれるのですが、
なにやら私はそのおさまりが気に入らなかったらしく
ちがう!と叫び、組み方を変えました。
そんな痛みの中にいて、そんなちっちゃなことに苛立つ私、謎です。笑

痛みに耐えているときに、
ずずずっと、何かかたまりが下に移動するような感覚がありました。
まめちゃんが!!降りてる!!いよいよだ!!

意識がだんだん遠のく感じがして来ました。
疲れかなんなのか、痛みのピークが収まる間に
寝落ちしてしまいそうになります・・・。
いやいや、寝たらあかんやろ、と
頑張るのですが、麻酔の頭クラクラも手伝って、
あまり頑張れませんでした。笑
そんな、もう半分意識ないくらいの状態で
どれくらい時間が経ったのでしょう・・。

看護婦さんと先生ふたり(多分一人は研修医)が来て、
チェックをしてくれます。研修医になにやら説明してるし。
そういうところ、もうろうとした意識でも覚えてたりします。笑
先生方、一旦は帰り、またしばらくして来てくれます。
何度目に来た頃か分かりませんが、
先生達が私を囲み、見ています。
「tlačte!」
圧力をかけて!と看護婦さん。
おぉ、これか・・・陣痛に合わせていきむというやつだな、
と頭では分かっていたのですが、
なにせよ、ずっと痛いのでどれが陣痛がきてる痛みなのかわかりません。
しかし看護婦さんはしきりに圧力!圧力!というので
まあいいやと思って、いきみます。
なるべく赤ちゃんが居るあたりに意識を集中して、
変な力をかけないように・・・と思うのですが、
出来てるかどうかはもう分かりません。
そして赤ちゃんが出て来てるというような感覚もなく。。
出口近くになんかあるんだというのは分かっていますが
このなんか大きな何かが出てくるなんて
そりゃ無理な話しだよ・・・という気持ち。
まあやるしかないんですが。
出来る出来ないじゃなくて、とにかく何も考えず
上手にいきむことだけに集中しました。いや、それしか出来ない。笑

あっと思った時には、会陰切開されてる感覚がありました。
切られている感触がありましたが、それは特別痛みも無く。

看護婦さんは絶えずずっと、いきんでいきんでというので
もう私もいきみっぱなしな感じです。
思いっきり息を吸って、息が続く限りいきんで、
息が尽きたところで一瞬休憩して、、ですが
なかなかすすみません。(と私は感じていました)

ちなみに、マルはずっと手を握ってくれていて、
看護婦さんが「tlačte」というのを「圧力をかけて」
と律儀に冷静に通訳してくれましたが
わかってるわ!となぜかいらだって、反発心が爆発してました。
わかってても、出来ないの!!
もう必死です。

しかし、あんまりお産が進まなくて赤ちゃんが弱ってしまうと
緊急帝王切開になることもある、と本で読んでいたことを思い出し、
それは避けたいという思いで、とにかくいきんで、いきんで、
頑張りました。

真ん中から、カボチャを押し出さなきゃいけないような感じ。
リアルな大きさでしょ・・カボチャ。笑

人生でこんなに力を使ったことはなかったでしょう・・。
ドラゴンボールで悟空が敵に締めつけられて
「ギ ギ ギ・・」と耐えているときのような!!笑
ものすごい形相と力の入れ具合でした。

こんな大変な思いをしながら、もういやだ、と思いながら
でもこれが私が今、やり遂げなければならない、
ものすごく大事なことなんだという使命感を感じていました。
ひとつのいのちをこの世に送り出す、
すごいことをしているんだ、という、なんだか誇らしくて嬉しい気持ちも。

沢山の人が助けてくれる、見ていてくれる。
この子の誕生を待っていてくれる。
暗い深夜、この小さな部屋の中で・・・
私は命をかけてやり遂げなければならない、
尊い瞬間を迎えている。
さあ、息が切れるまで、
ちからを振り絞れー!!!!!

先生達がなにやらチェコ語で言っていましたが理解不能。
「頭が出て来たよ」
マルが教えてくれました。

おぉぉ遂に・・・!!

本では最後は短い息でとか書いてあったけど
そんな指示もなく、私もそんな余裕も無く、
最後までいきみ倒した感じがします。

「出た」
と教えてくれましたが、私の頭はもうろうとしています。
それに赤ちゃんの泣き声は聞こえません・・
あれ?出たかな??大丈夫かな??
と一瞬不安がよぎりましたが、
数秒後、


「オギャー!オギャーーー!」


23時40分、元気な男の子が生まれました!!!
(今日中に産まれましたね)

すぐさま看護婦さんが赤ちゃんの処置に連れて行きました。
母とマルは、そちらの方を見に行きました。
カンガルーケアなかったんですよね、残念です。

私はもうろうとした意識のまま、ぼーーーっと台の上で
後処置をしてもらいました。目もほとんど開けない。。。眠い・・
後陣痛で胎盤が出るとかいうのは、一切何も感じませんでした。
もう完全な放心状態
それと眠気。笑

会陰切開した傷を縫うのは、感覚がしっかりあって
針をさす痛みが走り、顔を引きつらせていました。。

しばらくして、マルが赤ん坊を抱っこして戻って来ました。

白いおくるみにつつまれた赤ちゃんは、
真っ赤でまんまるの顔をして、
これから生きてゆくこの新しい世界がまぶしくてたまらない、
という感じで、目をじっと閉じていました。

この子がいままでお腹のなかにいたんだ、と思うと感慨深いです。

ひとしきり泣いて疲れたのかおとなしくしているのですが、
たまに目をぎゅっとしたり、口をモゴモゴしたりするのを見て
たまらなく可愛く、いとおしく感じました。

鼻のあたまにぽつんとニキビがあって、
「えぇぇ・・・っ」って泣いて。
かわいいなあ・・・としみじみ。

こんな小さな体で、いきなり命を掛けて飛び出て来たんだなあ。
私なんかより何倍も何十倍も苦しくて怖かっただろうなあ
そう思うと、本当によくがんばってくれたんだね、と
感謝の思いが湧いて来ました。

2時間程、そのままその部屋でいて、
赤ちゃんとのひとときを、母、マルと一緒に過ごしました。

深夜1時、そろそろ移動となって
私はシャワーを浴び、移動用のベッドに移りました。
母とマルは自宅へ戻り、私は入院する病室へ運ばれました。
1時40分、病室に着き、眠りへ着きました。
長い長い、人生の山場ともいえる大変な一日を
こうして終えたのでした・・・。

IMG_20160618_012544b.jpg

1.5ヶ月健診

昨日は小児科に行って来ました。
もう3回目です。
退院3日以内に一回、2週間後に一回、
そしてさらに3週間後の、昨日でした。
いつもマルが会社を早退して一緒に行ってくれます。

子どもに優しいチェコですが、
小児科の先生となるともう最高に優しいです。
特にうちの主治医の方は
自らも4人の子を育てたベテランさん。
赤ちゃんへの接し方が、
かわいいかわいい、他人であっても目に入れても痛くない、
って感じです。
もちろん、親に対してもいつも笑顔で対応してくれるので、
私も安心して通うことが出来ています。
看護婦さんもハキハキして、聞いたこともきっちり答えてくれて
ここにかかれてよかったなあと思っています。

しかし、忙しい先生のようで
今日は予約時間に行きましたが、そこから1時間ちょっと待ちました。
長かった・・・。
ゆうきが一度もぐずらなかったのが、助かりました。

待合室で、ある家族が赤ちゃんのおむつを換えていたのですが、
実際におむつを履かせていたのは、お 父 さ ん!
お母さんは汚れたおむつを捨てに行っていたのですが、
お父さん、さも当然のようにさっさと履かせていました。
素晴らしい!!!
思わずマルにほら、見てよ!と言っちゃいました。笑(おむつ替え苦手)
そういえばほとんどのお母さんは、お父さんも一緒に来ていました。
夕方の健診だから時間的に余裕があるのかもしれないとはいえ、
日本でもお父さんもそこまでしてくれるのでしょうか?

やっと時間になり、診療室へ。
日本人がくるのはやっぱり珍しいのか、私のことは覚えてくれていて
お久しぶり〜!と歓迎してくれるのが嬉しかったです。

最初は体重、身長、頭の大きさを測りますので裸にします。
前回2回とも、ゆうきは大泣きしちゃってたのですが、
今日はなぜかものすごーーーく良い子!
泣かない!!
それだけでビックリ!!
体重計に移しても、身長を測るため足をぴょんと伸ばされても、
嫌な顔ひとつしない。
4.7kg 55cmと、順調に成長しています。^^
触診などのときも、むしろ逆にいい気分になったようで
先生に向かってニコニコ、
「ア〜」とおしゃべりまでしていました。
ついでに先生に向かって放水しちゃったんですが、
先生、それを察知し、サッとおむつを被せました。
私たちに話しをしながら、ゆうきを看ながら・・・
おしっこの兆候をみのがさない・・・!
さすがです。
1日に2回もひっかけられている私にそのコツを教えて頂きたいものです。笑

予防接種についても話しました。
ワクチンのスケジュールは前回聞いていたので、
最初に出来るようになる、任意のヒブワクチンロタウィルスワクチン
(修正しました。ご指摘ありがとうございます;)を
受けるかどうかということです。
二人で考えた結果、受けないことにしました。
副作用が「大量に水分を失う可能性がある」というのを知ったのと
知り合いのお医者さんはむしろしない方がよい、と
言っていたため。。。
日本のウェブサイトで調べるのと、なんだか違いますね・・

で、まあ日頃気になっているささいなことも
先生に質問し、明確に答えを貰えたので、
色々安心出来ました。

次回は9月に、3ヶ月目の健診の予約をして帰りました。^^
プロフィール

SAJAKA

Author:SAJAKA
チェコのプラハ在住、フリーランスのグラフィックデザイナー。
2013年12月にチェコ入り→2014年1月にチェコ人と結婚し、新しいコト尽くめの中、ゆるりゆるりと毎日を楽しむ。2016年6月長男誕生。

最新トラックバック
POWERED
Template by
FC2ブログのテンプレート工房
Design&Customize by
Pretty Heart-blog
Material by amu*ca
Powered by FCブログ